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2-26 夏祭り

***26*** 

結局、今年も浴衣は着られなかったわね・・・。そう思いため息をつきながら、朝子は約束どおり買った甚平をいちひとに着せた。

朝子といちひとが毎年行っている県内最大級の花火大会と祭りの会場は、彼女と有芯が通った高校のすぐ近くだ。おかげで、いつも行くのを楽しみにしているのに、今年はなんだか気が進まない。

でもいちひとが行きたがっているから、やっぱり行かなくちゃね・・・。朝子はふぅと短い息をつくと、気持ちを切り替えようと声を張り上げた。

「よしっ! 似合うね。いちひと、かっこいいよ!」

褒められて、いちひとはひたすら照れ笑いをする。「えへへへ~」

「今年は珍しく、パパが一緒に行けるんだよぉ。初めてじゃない?! よかったねー」

朝子の言葉を聞いて、篤は苦笑した。

「やったな、いちひと。一緒にお祭りに行こうな」そう言い、息子の頭をくしゃっと撫でると、朝子の前を横切りながら彼はぽつりと言った。

「君は、特に喜んではくれてないよね・・・」

朝子は心外だという顔をして言った。「そんなことないわ。私だって嬉しい。毎年いちひとと二人だけのお祭りだったんだもん、ねえっ!」

朝子といちひとは、両手をつないできゃあきゃあ踊りながら喜んでいる。

篤は心で悪態をついた。ああ、確かに君は嬉しいだろうさ。でもいちひとが喜ぶのが嬉しいのであって、君は俺の存在そのものを喜んではいない・・・。

「? パパ、どこ行くの?」

朝子の問いに、篤は軽いため息をついた。「どこって、着替えるんだよ。ママもそろそろ着替えた方がいいよ? 花火に間に合わなくなる」

「はぁ」朝子はあいまいな返事を返した。実はそのままの恰好で行くつもりだったのだ。

服なんてそんなに持ってないよ・・・ジーパンでいいじゃん・・・。そうぼやきながら、彼女が箪笥をあさって見つけたのは、有芯がくれたあのスカートだった。

「これを、今更穿くなんてさ・・・バカのすることよね」

そう言いながら、朝子はそのスカートをゴミ箱へ放ったが届かず、それはふわりと床に広がった。その瞬間、篤が入ってきた。

「あ、そのスカートがいいよ!」

「・・・・・ええっ?!」

篤はこともなげに言った。「今日、それ穿いていけば? かわいいよ」

朝子は先ほど篤がぽつりと言ったことを考え、スカートくらいで喜んでもらえるなら・・・と、渋々透け防止のペチコートを手に取った。

・・・有芯。

まさか、いないよね? こんなスカート穿いてるの、見られたらきっと笑われる。

あれからいっぱい泣いたし、考えたけど、有芯をどれだけ愛していたって、私にはあなたと結ばれる資格はないし、その気もない。

あなたもそうでしょう、有芯―――?

朝子は両手でスカートを握り締め、その手を額に当て願った。

どうか、有芯と有芯の彼女が来ていませんように・・・。




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